路上観察分科会通信2020年8月号

今回の路上観察は新国立競技場の周辺です。今から1年前の2019年に歩きました。2020年の東京オリンピックのマラソンの日時に合わせたにも関わらず、あっさり札幌に会場変更されてしまいました。さらに気づけばコロナウィルスの影響でオリンピックは延期になりました。一体なぜ我々はこの場所を歩いたのだろうか? とそんな疑問も抱いてしまいました。しかし、オリンピックをやると決めて疑わなかった一年前に思いをはせるのもまた面白いかと思っています。

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2020_8ZINE表      2020_8ZINE内

「路上観察」の観察  ササマユウコ

 8月9日朝。冷房の効いた部屋でスポーツドリンクを用意し、スマホを片手に待機。定刻6時を数分過ぎると、千駄ヶ谷駅に集合したメンバーたちの写真が「1年後、マラソンスタート!」の一文と共にヤマケンから投稿された。前日から熱が下がらず頭はぼんやりしていたが、心はワクワクした。この感覚はなんだろう。VR路上観察?代理ロボット散歩?近未来的だ。画面のメンバーたちは楽しそうだが、現場は早朝でも暑い。
 この日のちょうど1年後に東京五輪は終わる。建設中の「新国立競技場」での男子マラソンも予定されていた。と書くともっともらしい理由だが、多忙なメンバーたちの都合上、たまたま8月に集まった。「どうせ暑いなら」と五輪にちなんだ街の中から集合しやすい千駄ヶ谷が選ばれたが、本当は街はどこでもよかった。路上観察は「偶然の音楽」、一期一会を仲間と歩く芸術の時間だと思っている。しかし今回は夏風邪で遠隔参加(?)となった。スマホでコメントし、時にクイズに答え、それはそれで楽しかったことが厄介な「問い」を生んだ。「参加」とは何だろう。はたして自分は今回の路上観察に「参加」したのだろうか。    
 間もなくスズケンから「写真が反転していた」と最初の集合写真が再投稿された。時刻は6時少し「前」。確かに写真を拡大すると時計の文字盤は逆さま、マチコさんの顔が少し違う。言われるまで気づかなかったが、実際、メンバーの顔はどちらが正解なのだろう?写真を見比べながら今も混乱している。 (この文章は今からちょうど 1年前、2019年8月に記したものです)。

 

 

 オリンピックと人生     松田弘子

 東京オリンピックのマラソンのスタート地点となる新国立競技場周辺を歩こうと、男子マラソン開始ちょうど一年前の二〇一九年八月九日午前六時、JR千駄ケ谷駅に私たちは集まった。  
 私は二〇〇六年トリノオリンピックを鳥のオリンピックだと思っていたくらいオリンピックに無関心だ。であればマラソン会場であろうとなかろうといつもの路上観察として千駄ヶ谷(駅名は「ケ」町名は「ヶ」)とシンプルに向き合えばいいんだけれど、問題山積の東京オリンピックには反対なので、思考がマイナスに傾く。  
 すでにだいぶ暑い。これでマラソンは無理だろう。通りすぎる人が皆そう考えている気がしてしまう。かっこいい建物を見ても、建設中の新競技場と比べてしまう。  
 そのとき向こうに看板が見えた。「株式会社 セラビ」。セラビとは、セラビとはもしや C’est la vie ですか。「人生、こういうもんだ」、「あるよね、こういうこと」って意味ですよね? 
 それを社名に! しかもヴィじゃなくビ! その書体で! そしてロゴの感じ!と高揚する私。ヤマケンが言った。 「なんでCLにしたんだろうな?」 ロゴの中心にCLの二文字があることに私は気づいていなかった。これは例えて言えば That’s a pen という名前の会社のロゴがTAだったみたいなもので、中心の名詞 pen が入ってないから「ペンはどこ行った!」とつっこまざるを得ない。たしかに。人生どこ行った!  
 これこれ、この感じ。同じものをそれぞれが別の観点で見ていて異なる観察や感想が出てくる。人と一緒に路上観察する喜びの一つである。それは今回も健在だった。健在でよかった。
 オリンピックがあってもなくても、C’est la vie.と軽やかに生きていきたい。

 

夏のスケートリンク        鈴木健介

 8月9日朝の6時。すでに暑い。千駄ヶ谷駅の周りには我々と同じく来年のオリンピックに合わせてか、集まっている人がチラホラ見える。「オリンピックに向けて東京はどのように変わるのだろうか?」その変貌を知りたくてオリンピック前の新国立競技場を歩いてみる事になった。2020年を境に新しく生まれるものもあれば消えていくものもあるだろう。あてもなく我々は新国立競技場の周辺をぐるりと歩いた。工事真っ最中の競技場にはこれから仕事に来る作業員や警備の方が出勤してくる姿が見える。我々がブラブラのんきに歩いているのと違い、彼らからは緊張感と暗鬱な空気が漂う。まるで戦場に向かう兵士のようだ。かなり過酷な労働環境なのであろう。建設途中の新国立競技場はまるでCGの再現図を見るかのようだった。とても無味乾燥な感じがした。この地にあるゲニウスロキ(地霊)を考えた時にこの都市計画はこの地に寄り添っているだろうか?神宮外苑が持つ歴史は意外と浅い。1912年の明治天皇崩御によりこの地の開発は始まった。もともとは何もない不毛の地だったようだ。当初はこの地が持っている自然を活かし計画が行われていたようだった。国有地であったこの地は1952年に明治神宮へと払い下げされた。そして、1964年のオリンピックで、まだ健在であった渋谷川は地下へと姿を消した。現在ここは明治神宮、三井不動産、伊藤忠商事、日本スポーツ振興センター、高度技術社会推進協会、日本オラクルが地権を握っている。(三井不動産が開発の主導を担っているようだ。)自然豊かな歴史と生態系を踏まえた、「本物の杜」。そんな形を目指していたようだが、そんなの魂もどこかに消え去ってしまい、現在感じるのは地権者の利権利権・・・オリンピックという利権でどんどん上塗りされていく東京を感じる。
 パチリと撮ったこの一枚。うまく撮れたなと思う。明治神宮外苑のスケートリンク。昭和レトロな哀愁漂う。そしてその前を歩く悲壮感が漂う作業の方たち。さて東京の未来はどこへ向かうのでしょうか?

sdr

 

沖田総司が通りを眺めてる       山内健司

 朝6時過ぎ、新国立競技場の工事へ向かう労働者の通勤の時間とちょうどぶつかった。はあ、この人たちがここで働いている人か、俳優としてこういう機会は大好物。最近、街角の工事現場で背中の丸い高齢の労働者を見かけることが多いけど、ここは精悍な若い人が多い。海外から来ている人が多いのかなあと思いきや、そうでもなさそう。中高生部活男子の定番、たっぷりサイズの大容量水筒をみんな持っている。これはつまりギャラのいい現場なのかな。  
 まあとにかく超巨大な工事現場、身も蓋もなく金のなる木がそこにどかーんとある。僕たちの国はこんなに景気よかったっけか。ここは渋谷川の源流。渋谷川を復元して公園にする計画はどうなったんだろう。55年前の代々木オリンピック競技場も渋谷川の源流。桑沢デザインの下、原宿川からちょこっと食い込む短い支流の源頭は、昔、岡部ヶ池という水害をおこした池があって、そのさらに源流にはなんと第一体育館オリンピックプールが配されている。あああすごいな丹下健三。  
 「暑いね」「うん暑いね」と話しながら、マラソンコースをたどって坂の上へ向かう。もうすぐ8時、スタートから2時間、そろそろトップランナーがこの通りに飛び込んでくる頃。渋谷川が新宿御苑にクッと入り込むあたり、明白な川跡があって嬉しい。えっ「沖田総司終焉の地」だと? 自分が死んだ場所を世界中から来たアスリートたちが、灼熱の夏の朝に駆け抜けるって絶対想像できない。  
 港区新宿区は寺がものすごく多い。つまり墓がものすごく多い。瀟洒な不動産が天空へと伸び、途方もない額で取引きされる横に、ベターっと平地の墓地が、主に川の上流あたり、かなりの面積を占める。見上げると空ばかりの墓の住人が「おい、あっちの方の地べたに今3000億円注ぎ込まれてるってよ」「俺たちいくら?」とお隣さんと笑いさざめく。

【編集後記】
歩く事でその街が色々見えてきます。今回もこれをきっかけにオリンピックの事、神宮外苑の開発の事などいろいろと調べてしまいました。そうすると歩いていた時の肌感覚と相まって街がグッと浮かび上がってきますね。これだから路上観察はやめられません。  (鈴木)

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【執筆者プロフィール】
ササマユウコ<音楽家>
サウンドスケープを「耳の哲学」に世界のウチとソトを思考実験中。音の散歩的路上観察「はしもとの空耳」(+西郷タケル 『ホーム/アンド/アウェイ』出展2016) 「渋谷の空耳」(『建築ジャーナル』2019.6月号特集「散歩」)など。www.yukosasama.jimdo.com

鈴木健介<舞台美術家>
舞台美術研究工房六尺堂所属。桜美林大学、桐朋学園芸術短期大学非常勤講師。北区文化芸術活動拠点ココキタレジデンスアーティスト。 現在舞台美術の仕事を中心に地域や社会に向けてのアート活動にも力を入れている。

松田弘子< 俳優・通訳・翻訳(英語・日本語)・ダンサー・歌人>
現代口語演劇(青年団)、観客参加型演劇(あなざ事情団)の他、コココーララボで新しいアプローチを模索。自身のソロダンス公演も企画。 最近の一首:あまもよい波にひかって跳ぶさかな海のガラスをさがして歩く。

山内健司<俳優>
劇団青年団所属。主にリアリズム演技。それを越えていくコンテンポラリーな演劇を探る。劇場の外で街や人と直接関わる作品・プロジェクトにも力をいれる。 路上では、場所に降り積もる人の記憶にまみれる。

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