2021移動祝祭商店街『歩く庭』振り返り3_池袋本町の話

<2021移動祝祭商店街『歩く庭』振り返り_3>
池袋本町の話

今回の企画、簡単に説明すると7人の舞台美術家が豊島区各地をめぐり、地域のひとと散歩したり、話を聞いたり、一緒に過ごす中で発見した「景」をカタチにするというものでした。

本当は事前に地域の人との交流も含めワークショップなどもやりたかったのですが、
それらを実行移す前に緊急事態宣言が発令されてしまい、結局ワークショップはできませんでした。

しかし、それでもいろいろな発見はありました。

今回我々は<染井・池袋本町・南長崎/東長崎・大塚>
の地域に担当を分けて巡りました。

私は池袋本町を担当しました。

私は赤羽に30年以上も住んでいて池袋は毎日のように通過する地点なのですが、
池袋本町には初めて足を踏み入れました。

本町や元町という名前には以下の意味があります。
——-
「元町」=その町の発祥地。だから町に一つしか存在しない
「本町」=いくつも別れた町のおおもと。
——- 

その名前の通り池袋本町も数ある池袋の”おおもと”と言うことになります。
しかし、現在の池袋本町からはその”おおもと”というような印象は受けませんでした。

最初、地図をみた時、この街は囲われている街だなとと思いました。
山手通り、川越街道、東武東上線により、きれいにエリアが区切られています。


まるで、鳥籠のような、、、
しかし、元々はこのように囲われていたわけではなく、むしろ、中山道に通じる重要な場所であったように思われます。
今回、中央通り、本町通り、ふれあいロードと言う3つの商店街を歩いたのですが、そのうちの中央通りはまさに池袋の中心から中山道へとつながる大切な通りでした。しかし、山手通り、川越街道ができたことでその存在感が一気に薄れた感じがします。
そして、街もむりやり分断させられたようにも思います。

実際に池袋本町を歩いていて印象に残ったものが2つありました。
銭湯の煙突と氷川神社の富士塚です。
銭湯の煙突は街の大事なランドマークだなと思いました。その煙突を見る事で自分がどこにいるかを知る事ができ、何か安心感のようなものを与えてくれます。
そして、池袋本町に唯一ある小松湯さんはこの街のまさに中心にありました。


もう一つ気になったのが氷川神社にある富士塚。
富士塚は日本各地にたくさんあり、池袋本町にある富士塚もその中の一つに過ぎませんが、
私はこの富士塚を見た時に実際に富士山に行けない人たちがこの富士塚を富士山に見立てて楽しむ姿が浮かんできて、”見立て”というキーワードも同時に浮かんできたのでした。

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