2021移動祝祭商店街『歩く庭』振り返り5_最終作品〜バルーンの見立てて解き放つ

<2021移動祝祭商店街『歩く庭』振り返り_5>

最後に最終発表でやった作品の簡単な解説をしたいと思います。

<東池袋中央公園>
今回の発表は東池袋中央公園で行われました。
この公園がまた歴史的にとても重たい場所であります。

wikipediaから簡単に引用させて頂きます。
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巣鴨拘置所(すがもこうちじょ、英語: Sugamo Prison)は、第二次世界大戦後に設置された戦争犯罪人(戦犯)の収容施設である。東京都豊島区西巣鴨(現・豊島区東池袋)の東京拘置所施設を接収し、使用した。「巣鴨プリズン」「巣鴨刑務所」などと呼ばれたこともある。極東国際軍事裁判により死刑判決を受けた東條英機ら7名の死刑が執行(1948年(昭和23年)12月23日)された場所としても知られる。かつては「巣鴨監獄」があり、1922年に「巣鴨刑務所」に改称された。1971年(昭和46年)に東京拘置所が移転した後、跡地はサンシャインシティとして再開発された。
処刑場周辺は豊島区立東池袋中央公園となり、有田正憲が発起人となった慰霊碑「平和の碑」が建立されている。
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そうです。ここにはもともと巣鴨拘置所があった場所です。
私はサンシャインには何度も足を踏み入れていますが、この東池袋中央公園には初めて入りました。最初にここに来たのは下見の為に行った7月くらいでしょうか。
15時くらいに行ったのですがどこか薄暗く少し陰気は印象を受けました。
(この印象は最終的には変わる事になるのですがそれは後述します。)
とにかく、この場所の持つ何か独特の雰囲気に持っていかれてしまいそうな、そんな感覚を最初に覚えました。
この場所だけでも深堀りするといろいろな事が書けそうですが、
今回は深堀りせず先に進みます。

<それぞれのチームがそれぞれの作品を発表>
今回、我々セノ派は<染井、池袋本町、南長崎・東長崎、大塚>の4チームに分かれました。
そして、それぞれがそれぞれの視点で全く違う作品を発表しました。
東池袋中央公園という一つの場所に4つの作品のレイヤーが重なった感じです。
それはなかなかに情報量の多いものでお客さんを混乱させてしまったかもしれません。


<池袋本町チームは?>〜「見立て」の話
私が担当した池袋本町の話をしたいと思います。



池袋本町は私と中村友美さんで担当しました。
その中で出たキーワードが<街灯、バルーン、見立て、煙突、集める>などです。
私の中では「見立て」というものが大きなキーワードでした。

この「見立て」というキーワードはどこから出たのか?
それは池袋本町の氷川神社にある富士塚からです。
富士塚自体は珍しい物ではありません。都内だけでも100箇所近い数の富士塚があると言われ、この富士塚もその一つに過ぎません。ただ、この氷川神社の富士塚を見た時になぜか「見立て」というキーワードが頭に浮かんだのでした。
富士塚は富士信仰の為に作られたもので、富士山を模してつくられた塚の事です。
現代ではミニチュア富士とも呼ばれるみたいですが、私はミニチュアとは少し違うと思っています。

オランダのハーグにオランダを1/25に縮めた街があるのですが、


これこそはまさにミニチュアでしょう。
ミニチュアは実際のものを精巧に真似ます。
しかし、富士塚の多くは富士山とは似ていません。
そこからは外見上ではない何か内面的なもの、もしくは哲学的な何かを感じます。

それを私は日本人の抽象性の得意さ、「見立て」の得意さであると捉えました。
豊島区の近くにある六義園もそうです。
六義園も紀州の和歌浦を見立てて作られた庭園だそうですが、説明されなければわかりません。枯山水などもそうです。砂を水に見立てる。
西洋にはない考え方だと思いました。

とにかく日本人は「見立て」が好きだと。

富士塚とはそんな日本人が考えた見立ての象徴なのであると。
そう考えた時に富士塚から「見立て」というキーワードが浮かんだのです。

そして、今回は池袋本町の「見立て」を東池袋中央公園に作ろうと、そう思いました。

日本人の見立て感になぞらえると、外見上似せる必要はないと思いました。
そう考えると抽出すべきものはカタチではなく概念です。

池袋本町をリサーチして得た概念は以下の感じです。

・道路と線路によって囲われた街である。
・3つの商店街の街灯が明確に分かれている。
・街の中心に煙突という象徴がある。
・空を意識させる。
・数年後の道路開発によってさらに街の形が変わる、ふわふわした存在である。


〜「バルーン」の話
何を使って池袋本町を表現するか?
いろいろ話してふと出てきたキーワードが”バルーン”です。

バルーンは中村友美さんのアイデアです。
私は彼女が出してくれたアイデアに自分の「見立て」のアイデアを乗っける事にしました。
バルーンを使い池袋本町の見立てを作る、そんなコンセプトで作品を作りました。


以下、当日パンフレットに書いた文章です。

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【作品解説】

最初のリサーチで道路と線路に囲われたこの街を鳥カゴのようだと思いました。さらに道路開発で街がさらに変わると言う事を聞いて
形が定まらないフラフワした印象を受けました。
しかし、通りの街灯はしっかりとエリアを分けています。
<本町通り、中央通り、ふれあいロード>
見上げると街灯のデザインははっきりと分かれています。
街灯は拠り所だと思いました。同時に空への自由を誘っているようにも感じました。

そんなリサーチ結果を得て、我々はバルーンを使い池袋本町の街の見立てを作る事にしました。見立て地図を持ちながらポイントとなる場所のシールを集め池袋本町を擬似体験してもらえたらと思います。
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〜集めると言う事
ここまで行ってほぼ完成ではあったのですが、
我々のリサーチの時には子供たちが多くきた事もあって、子供も楽しめる仕組みをと思いました。最初はスタンプラリーも考えたのですが、コロナ禍、スタンプの消毒問題などを考えると現実的ではないと諦める事にしました。


そこで思いついたのが、シール集めです。


スタンプを押す代わりに、公園の各場所に隠されたシールを探し、
それを貼っていく事でスタンプラリーの代わりとする。
そんなコンセプトでやることにしました。

これは実際なかなか好評で子供たちにも楽しんでもらえたと思います。

何かを集めていくと言う行為を日本人が好きなものなのでしょうか?

ある時期から御朱印帳がはやりましたね。
今も流行っているのかもしれませんが。

〜バルーンで解放する
最後の解体でバルーンは全て処分する予定だったのですが、
思いもかけず公園にいた子供たちがどんどん集まってきて、彼らに全てプレゼントしました。(もちろん一つずつ消毒して)

<東池袋中央公園は深い森のような場所であった>
この東池袋中央公園。
初めて足を踏み入れた時はどこか陰気で少し怖い印象を受けたのですが、
1週間近くそこに滞在してその印象は変わりました。

この薄暗さと怖さは霊的なものではなく、
深い森の中にいるようなそんな感じだったと気づきました。
静かで薄暗いけれど、どこか大きく包み込んでくれるおおらかさがある。
現代社会の時間軸とは違った時間軸が流れているような、そういう場所であったのだと気が付きました。

『アースダイバー』で中沢新一さんが、このような場所の事を”無の場所”と表現しています。文明社会とは違う価値観で存在している場所。東京にはそのような場所がいくつもあるのだと言っています。過剰に発達している東京が均衡を保っているのはそのような場所があるからだと。

この東池袋中央公園はまさにそんな”無の場所”であると思いました。

だからこそ、我々のようなカオス的な作品も受け止めてくれたのだと思います。


改めてこの場所に感謝を申し上げたいと思います。

 

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